「旅行記」
トラベルメイト
聞き書き・編集

リロとハツキの自転車旅行

 

VOL.12 インド

 

「ハツキィー、モップかしてー」
玄関のたたきで、買った魚の下ごしらえをしていると、となりの部屋からルーディーンがやってきた。
「この魚はね、こうして皮をむくのよ」
彼女は私達の不慣れな手つきをみかねて、手本をみせる。
「へー知らなかった。僕は皮付きのままフライにするところだったよ」
「ほんと?」
クスッと笑ってみせるルーディーンの指先は、たくましく、生活感を感じさせる。 彼女の毎日の仕事を見ていると、井戸の水汲から、掃除、洗濯、炊事、買い物と、朝から晩までたくさんの仕事をこなしている。客室が五つあるカルドッソの家は、彼女ひとりの手にかかっているといってよい。以前は、働き者の姉がこの家を切り 盛りしていたが、ルーディーンが学校を終えると同時に、中東に出稼ぎに行った。 今では高齢の母親と兄のトリンデイトとの三人で暮らしている。  

器用な手さばきで次々に皮を剥ぐルーディーンを囲んで、世間話しがはじまった。ふと会話が途切れ、彼女がつぶやいた。
「私ね、もうすぐ結婚するの。」
「まぁおめでとう。相手はゴアのひと?」
葉月が尋ねると、ルーディーンはちょっと口ごもっていった。
「うん、そうなんだけど。結婚の準備で、お兄さんがたいへんなの」  

インドでは、結婚の際、花嫁が持参金(ダウリー)をもって嫁ぐならわしがある。 婚姻に伴って金品が動くのは、日本でもおなじみの習慣だ。ところが、その持参金の額が問題で、私達外国人にはまったく理解できないほど高い。女の子が続けて産まれた家では、将来を案じて首をくくってしまう人もいるというのは、けっしてオーバーな話ではない。これに加えて、持参金を不服とする夫の妻への虐待が社会問題となり、新聞には毎日のようにこの種の事件が報道されている。夫が妻にケロシン(灯油)をかけて焼き殺した事件などは、「ダウリー殺人事件」として、海外にも知れ渡ることになったあまりにもショッキングな話だ。

最初私は、これはインドの貧しさゆえに起こる社会問題であると考えていた。ところが、ある日の新聞には、嫁ぎ先の親族になかば脅迫されて支払ったダウリーの返還を求めて、裁判をおこした女医の記事がでていた。その金額が一千万円に達するというくだりを読むと、外国人の私が、この問題の真相をイメージするのは、むつかしいと思った。

「魚を煮たんだけど、食べてみて」
今度はトリンデイトが皿をもってやってきた。カツオを煮たようなその料理は、さまざまなスパイスが、深みのある味をだしていてとても旨い。日本では味噌を作る家も少なくなり、料理の味は既成品の調味料に頼ることが多くなった。こちらでは、調味料のスパイスを台所の石臼で調合するので、良くも悪くもその家庭の持ち味がでる。インド人は、客を家庭料理でもてなすのが好きだときいていたが、なるほど これならと納得してしまった。  

お返しに、私たちの料理の味をみてもらうことにした。今日の昼食のおかずは、 さっき下ごしらえした魚を、上質のオリーブオイルでフライにして、塩こしょうで軽く味つけしたものだ。新鮮な魚の味を楽しむために、あっさりした味付けなので、 彼らの口にあうかどうか心配だ。

「どうだい、味はとてもライトなんだ」
「うん、いけるよ」

インドの魚をイタリヤのオリーブオイルで日本人が料理し、インド人が味をみる。
わたしはなんだかおかしさがこみあげてきた。

「兄はね、日本の食べ物がすきなのよ、特に緑色のひらひらが入ったスープ」
ルーディーンが私に耳打ちした。
「緑色?ワカメスープ?」
「そうそう、それだよ、ワカメ」
トリンデイトがすぐにこたえた。

「ははーん、インスタントのワカメスープのことだな」  
トリンデイトはここに滞在した日本人から、何度かそのスープをもらってすっかり気に入ってしまったという。あの化学調味料の濃厚な味に、彼が魅了されていたとは少々がっかりだが、何を隠そう、わたしも非常用と称して、しっかりバッグに忍ばせているのだ。

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