「旅行記」
トラベルメイト
監修・編集

リロとハツキの自転車旅行

 

VOL.45 インド(43) スリビリプタールからマドゥライへ (3) 

マドゥライでは三日滞在した。しかし色々と用事が多く観光を楽しみのんびり過ごすというわけにはいかなかった。  

大都市での滞在は、銀行や郵便局などへ行く用事で観光が後回しになることが多い。両替や手紙を出すといったなんでもないことが、インドでは一日がかりの大仕事になる。これらの用事は一日に一つ片づけば良いほうだ。間に日曜日や思いもよらぬ祭日がはさまったりすると、滞在はあっというまに一週間を越えてしまう。今回は銀行で両替する際、ちょっとしたトラブルがあった。  

その日、私はいつも利用するインドでもっとも名の通ったS銀行へ行った。両替はカウンターの窓口で行う。しかしその日は、やけにあいそのいい男の銀行員が、私を二階のカウンターの中のデスクへ通した。私はアメリカンエキスプレスの百ドルのトラベラーズチェックにサインして渡して待った。しばらくしてかれは、ルピーの札束をもって現れた。両替レートは、一USドル三一ルピーだ。私は三一〇〇ルピーを確認すると、レシートができあがるのを待った。しかし回りを見渡しても、いっこうに書類ができる気配がない。

「あのーレシートはまだでしょうか」
私は係りの人が忘れてしまったのではないかと思い、私を案内した人に尋ねてみた。 すると彼はこう言った。

「なに、レシートがほしい?それはだしてない。どうしてもほしいなら、レシート料を払ってくれ」

わたしは驚きのあまり、一瞬言葉をうしなった。かれの言っていることが、うそであるということよりも、一流の銀行員が、姑息な手段で不正を働いたことを、目の当たりにした事のほうがショックだった。これまでに、この銀行でこんな体験をしたことはない。私は銀行という堅いイメージの職業を、頭から信頼し、そこで働く人間も信じて疑わない、おめでたい自分を悔やんだ。そしてここで同じ体験をしたであろう他の旅行者の事を思うと、なにかムラムラとした怒りがこみあげてきた。

「でないったって、正規の両替をしてレシートをもらうためにここにきてるんじゃないですか」

しかし男は、となりの同僚と一緒に、へらへら笑いながら言う。

「レシートは支店長がだすので、我々にはできないんだ」

不正をやるなら、気づかれないようにうまくやればいいものを、まったく人を馬鹿にした態度だ。このままハイそうですかと言って引き下がったら、あとに続く旅行者が迷惑する。私は一計を案じ、店内に響きわたるような大声で、かれらに抗議した。

「どういう意味ですか!あなたたちは闇両替を銀行でしようというのですか。それにレシートが有料なら、なぜそれを先にいわない?いいでしょう。私はここでは両替しません。さっきのチェック返してもらいましょう」

私はルピーの札束を投げて返した。

「いやそれはできない」

男が少し真顔になって答えたところを、すかさず私は大声で叫んだ。

「わたしのチェックを返しなさい!」

彼らはここで騒ぎになってはまずいと思ったのか、係員は別の部屋へ行き、書類をもってもどってきた。そしてにやにやしながら私に耳打ちするようにいう。

「これは今回特別にあなたのために作ったレシートです。料金は結構です」

私はレシートを手にして、なんともすっきりしない後味の悪い気分だった。このまま帰るのも悔しいので、私は彼らに嫌みたっぷりに言った。

「一つ君達に提案するよ。看板を作ってそこに大きく『両替のレシートは有料』って書いて入り口へ置いておけばわかりやすくていいと思うよ。誰も両替しに来なくなるとおもうけどね」

するとかれらは
「へっへっ」
と意味不明の笑みを返した。

私は力の抜ける思いでその銀行をあとにした。  
十年前に北インドを旅行したときは、こうした不愉快な思いをすることはいわば日常茶飯事だった。あの頃は、行く先々で待ちかまえるトラブルや難問に対し、冷静に対処し旅を続けることが、旅の技術であり楽しみでもあった。また、生まれたときから身にしみついた自分の固定観念や常識がインドで通用しないことで、内面の傲慢さや身勝手な自分を、表に出して客観的にみることもできた。北インドの旅は、そういった自分を見つける心の旅だったといえる。

一方、今回の南インドのサイクリングは、何の不自由もないゴアの生活から始まり、南下しているときも、特に難しいことはなかった。そのせいか、緊張感が薄れたのかもしれない。今回の銀行での出来事は、銀行が腐敗していたということを示すものではなく、金に無頓着な観光客が、いかに多いかということを示している。インドルピーの小銭の価値を、自国の通貨とくらべて、あからさまに軽んずる外国人旅行者のとる態度が、結果としてさまざまな場面で不愉快なサービスとなって、自分に返ってくることを、旅行者はいつも自覚する必要がある。

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