「旅行記」
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リロとハツキの自転車旅行

 

VOL.56 インド(54) インドの自転車職人

南インドでは変速器のついた自転車はまだ普及していない。通りで見かけるのは、中国の人民自転車と同じあのクラシックなスタイルのものがほとんどだ。インドを代表するメーカーのヒーローサイクルから、マウンテンバイクが売り出されていたが、やはりギアは一枚だけだった。  

インドでは、どのまちにも自転車屋はあるが、私たちに必要なパーツはもちろんおいていない(日本でも専門店に行かないと買えない点では同じだ)。シマノやサンツアーのパーツをインドで入手するのは不可能と考えたほうがよい。この点がはっきりしているので、店をさがし歩いて無駄な労力を費やさずにすむ。自転車にトラブルをかかえた場合は、自分で直すほかない。しかし私は二回、自転車屋に世話になった。  

一回目は、ゴカーランでリアキャリアを取り付けているボルトの頭が折れ、足が穴の中に残ってしまったときだ。予備のボルトは持っていたが、穴がふさがったままでは使えない。キャリアが使えなくては翌日から走れない。そこで、宿の近くの修理屋にもちこんだ。店の兄さんは、ポンチをあなにあてると、大きな金槌でガンガンとうち始めた。中に残ったネジを強引に打ち出してしまおうというのだ。もちろんネジ山は失われてしまう。私はこんな荒治療をしてフレームが曲がってしまうのではないかと、気が気ではなかった。幸いネジの材質が柔かったため、向こう側に押し出す事ができた。(キャリアのネジだけは、有名ブランドの堅い素材の物が良い)  

二回目はヴァルカラでBB(ボトムブラケット)のガタがひどくなったときだ。ペダルを回すたびに、ガクッと音がするので、自分だけでなく一緒に走る回りの人にも耳障りだ。  これを調整するには、まずベアリングを押さえているカップを固定するリングを緩めなくてはならない。持参の工具を使い、パトリックと力を併せて回してみたが、このリングはきつく締められておりびくともしない。私は、大きな工具なら緩めることができるかもしれないと思い、パトリックと自転車屋へ行ってみた。  

インドの自転車でもBBの緩みはよくあるとみえ、わけを話すとすぐにわかってくれた。どんな工具が出てくるかと、私たちが固唾を飲んで見守る中、店のおやじはポンチを左手に取った(またポンチだ)。彼はそれをリングの九時の方向の溝にあてると、右手につかんだ大きな金槌を振りあげた。

「あっ、あっ、いけない!それはやめて」

ガン、ガン、ガン!BBを打つ大きな音が私の叫びをさえぎる。ポンチで打たれたリングの溝が、みるみるひしゃげてつぶれてきた。五回ほど金槌を打ちおろすとやっとリングゆるみ、私はほっと胸をなでおろした。このあとは内側のコーンを慎重にしめて、再びリングを締めればよい。  

ところが店のおやじは、ポンチをカップとクランクの間に斜めにあてると、再び金槌をとった。

「うわっ!ノーノー」

私はこの時ばかりは真剣にとめた。しかし彼は当たりをみながらコンコンコンと打つと、カップを四五度ほど締め、もう一度リングをポンチで時計方向にしめた。そして顔をあげると、

「フィニッシュ」
といってニヤリと笑った。  

この間、十五秒くらいのできごとである。職人技とはこのことだ。工賃をきくと、たいした作業ではないといって値段を言ってこない。前回のゴカーランのときもそうだった。私はとてもうれしかったので、お茶が飲めるほどのお金を彼に渡した。

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