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トラベルメイト片山くんが行く

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  1. 【 片山くんが行く(60) 】

     誰かが隣の緒理場で怒鳴っています。最初は全然わかりませんでした。後ろ向きでスライスマシンを洗っていたからです。

     振り向くと、隣の調理場のコックのおばさんがえらい勢いで怒ってます。しかも早口のデンマーク語ですからなんやら訳が分かりません。最初は自分が怒られているとはわかりませんでした。

     いったんハンドガンの水を止めました。これで良く聞こえますが、内容はさっぱりわかりません。自分で自分を指さして聞きました。

    「俺かい?」

    おばさん私を指さしながら、早口のデンマーク語を喋り続けています。

    「グルック、グルック、グルック」

    「ボロッ、ボロッ、ボロッ」

    「ボロッ、グルック、グルック、ボロッ」

     デンマーク語、私にはちょうど鳩の鳴くような音調に聞こえました。どうも私に怒ってるようです。でもデンマーク語でしかも早口で怒鳴られたら、全然わかりません。私もとっさのことで日本語になってました。

    「なんだよ、バーさん、わかんねーよ。」

    「グルッ、グルッ、グルッ」

     相手も、言葉がこちらに通じないのと、どうも全然恐れ入ってない態度で応対してきたのがカチンと来たらしく、もんくが短くだんだん激しくなってきます。お互い言葉が通じないのは至極便利なことがあります。

    「うるせーな、バーさん、わかんねーていってんだろ。いばんなよ!」

     日本語の口げんかならまかせておいて欲しい。言いたい放題言い返しました。

     彼女が喋る合間に見せるジェスチャーで、どうも私がここ洗ってるときにノズルのさきからでた水が霧状になって隣の調理場まで入って来たからちゃんとしろと言ってるらしいことがわかりました。

     そりゃよく解ります。オープンサンド作っている調理場に、隣の肉の調理場洗ってる水が霧状になって入って来れば誰だって注意したくなります。でも私だって故意にやったわけではないし、かすかに微風と一緒に隣に部屋に霧が入ってしまったくらいで全身ふるえながら怒ることもないでしょう。

     このバーさんのコック、以前から私とは天敵に近い関係ではありました。会うと挨拶代わりに必ずデンマーク語で小言を言って来るのです。小言言わないときは意地悪そうな目であら探しでした。元々、まじめ一徹ではない私のさぼり癖を見抜いていたのかも知れません。しかし私だって、気分良ければ人並み以上にちゃんと仕事もしてたんですよ!

     今まではお互い小言か無視の関係は容易に保つことが出来てました。でもいったん、ブチ切れちゃいますと、気に入らない奴はもっと気に入らなくなってきます。こいつが目の前で空気すってることさえ気になります。

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