[vol.17]
8月12日(木)稚内〜宗谷岬〜網走

カメラ用の空フロッピーがなくなってきたので買おうと思ってあちこち探したがなかなかない。コンビニもみあたらない。稚内駅あたりは山がせまり町が変化せずなかなか新しい店ができないらしい。また、現在の暑さは本当に特別のようでかき氷やアイスクリームがない。店にも冷房がない。例年は必要ないらしい。昨日よりは少し雲があるがやはり暑い。こちらにきてから秋の気配などまったく感じられない。

バスで郊外まで移動。236号線の入り口でヒッチをはじめた。道にバス停のくぼみがあり最高のロケーション。風の町といわれる稚内らしく風が暑さに心地いい。宗谷岬まで20K,網走まで320K。今日中に網走まで到達できるだろうか? 久しぶりにダンプカーが拾ってくれた。無線を装備していて仲間とやりとりしている。

オホーツクの海岸線を走るこの道は海となだらかにつらなる緑の丘が美しい。天気のいいせいもあるかもしれないが沖縄の海にも匹敵する美しさだ。しかも何10Kもつずくその広大さと海のすぐ脇を行く道は沖縄にはない。最高のドライブコース。冬の姿は想像もつかないがまた違ったすばらしさが見られるに違いない。世界でも屈指の海岸線ではないだろうか。

宗谷岬はいろいろな碑がたっていて観光地になっている。最北端の地。ここをめざして沖縄をたった。途中のいろいろな出来事を思い出すが、はるか昔のような気がする。こんな旅は二度とできないだろう。苦しく、長かった分やっと着いたという感慨がこみあげてきた。風太はあいかわらずノーテンキなのが逞しくさえ見える。

しばらく歩き大崎漁港にいった。大型の漁船がたくさん舫でいる。かたわらの水産加工場では信じられないくらい大きなタコをボイルして薫製を作っていた。ホタテ貝も山になっていて、数人の女性がむいていた。本当はきびしいのだろうが今は豊かな漁港に見える。

最北の郵便局の前でヒッチ再開。宗谷岬まできた車はそのまま稚内にもどってしまうせいか車が少ない。来ても半分は漁港に出入りする地元の車だ。100K先までの枝幸町まで町はなく、オホーツク海沿いには鉄道もない。観光シーズンだしなんとかなるはずだと思いながらもなかなかうまくいかない。曲線が多く停めにくいのかもしれない。

するとさっき過ぎていったバンが戻ってきてくれた。200K先の紋別まで行くという。思わずヤッタとほころんだ。幼いかわいい女の子をのせキャンピングしながら移動中だった。

あいかわらず美しい海岸線にみとれながらキャンプの話をきいた。車を利用した最近のキャンプは昔とはまったく違うようだ。オートキャンプ場は場所とりが大変で3時には着いていないと悲惨なめにあうという。やれやれだ。風太は長距離をいいことに電源を借りてゲームをはじめた。

1時間ほど下ると雲が多くなりだした。やがて輝きつずけた太陽もさえぎられ気温も20度くらいまで下がった。これが普通だといっていた。景色もどんよりしたものに変わりこちらも眠くなってきた。ドライバーもそうらしくさかんにタバコを吸っている。何とか話しをして気をまぎらわしてもらおうとしても続かない。紋別にはいったのは3時だったが、雲がひくく雨がふりそうで暗くなっていた。網走まであと110K。

道は広いのだが適当な窪みがなくヒッチしにくい。結局3Kほど先のパーキングの出口まで歩いた。このあたりで最大の町だけあって車は多いのだが地元のひとが大半のようだ。

風太が道に寝ころんでいたので心配になったといって男の子をつれたお母さんが声をかけてくれた。しばらく話しをした。近くだから遠くまではいけないが何かできることはないかといってくれた。風太は男の子が64をもっていることを知り、一緒にやりたいから泊めてくれなどと厚かましいことを平気でいう。やはり教育が足りないのか。

礼をいって、次の車を待っているとタクシーのような停まりかたで乗用車がとまってくれた。町まで友達を送ってきて反対車線を走っているときに見たといっていた。風太は来る車のことしか考えず来なければ座っていたりするのだが、反対車線のことも視野に入れてヒッチすることの必要性までまだ気が回らない。

遠軽までいく車だったが、網走にいく車はほとんどないらしい。雨が降ってきた。気の毒に思ったのか遠軽で用事を済ませたあと網走まで送りましょうといってくれた。こんな時の雨は恵みの雨。風太も勢いずいて話まくっている。自衛隊あがりの青年はいろいろなことをよく知っている。8時に網走に着いた。雨はやんでいた。駅前のホテルに泊る。

Copyright(C)1999 小島春彦