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田森くんは西へ Index page へ

vol.018 沖縄航路 (3)

 

小一時間寝たでしょうか。体がどうも不安定で目が覚めてしまいました。

天候はますます悪くなってきてるようです。今までの上下動以外に横揺れも始まりました。部屋の中の状況はさっきより一変しています。ほとんどの旅行者が寝っころがっているか、壁に背をも垂れかけて青白い顔で空中を見つめています。人数は今日朝起きたときの半分以下しかいません。昼食時間なので食堂にでも行ったのでしょう。なかなか皆さんお強いようで、気分はよくはありませんが私たちも昼飯に行くことにしました。  部屋を出ると酸っぱい臭いがつんと鼻を突きました、食堂へ行く階段の下辺り には新聞紙の山でした。今もそこでげーげーやってる女の子もいました。途中の トイレはどこも満室でそこまで持たなかった人の遺物が酸っぱい臭いを発散させ ていました。  

食堂に行くと閑散としていました。私らのテーブル以外に3つのテーブルしか旅行者が来ていません。で昼飯は、焼きめしに中華スープ。  
ほんとに冗談ではありません。マジで食べられません。ピッチングの上にローリングも、スープの飲み方もピッチングだけの時のように2次元ではありません。上にせり上がりながら横にも揺れるわけですから理論はベクトルになってくるわけです。ましてや、素飯でも食べにくいところへ持ってきて油で炒めたチャーハンです。もうこうなると食欲ではなく意地です。  

食べてやる、こんな状況でも食べてやる。他の連中が食べないんなら俺らが食べてやる。こんな状況で焼きめし出すなら食べてやる。切符の代金に入ってるから食べてやる。  

頭は食べよと命令しますが、口が動きません、喉の野郎もじゃまします。食道さんも拒絶します。スープはかろうじて全部胃には収まりましたが、メインディッシュは三分の一も入りません。  

他の2人も食べられないようです。田島の後ろのテーブルの男はほとんど全部平らげています。あいつ、あの沖縄出身の虐げられた人たちだ、特に女の子相手に泡出しながら喋ってたあいつだ!くっそー、わしら大阪や、まけへんで、とは思ったのですが頭がくらくらしてきます。あえなくギブアップ。このまま食堂にいるとせっかく食べた物が逆流しそうなので、あわててデッキに頭を冷やしに行きました。  

デッキは死体がごろごろしている戦場のような風景になってました。雨は小降りになっていたのですが、もやがかかりデッキのあちこちには死体のように横たわるのではなくヤンキーのようにしゃがみ込んで、手すりを握ったたくさんの旅行者が食用蛙のような合唱をしていました。

「おえー、ぐえっぐえっ、あおー、あおー、うえっつ、ええーっ、げぼっつ」  

さすがに外なので、さっきの階段で感じたような酸っぱい匂いはないのですが、目が十分酸っぱい匂いを感じてくれました。ここにいたらよけいあきまへん、部屋で寝ていれば少しはましでしょう。はうようにして部屋まで降りて寝袋に潜り込みました。  

大の字になって眠ると頭が上下動をもろに感じてしまいます。横向きになって体丸めて寝てると少しはましでした。この日はほとんどの人が部屋で寝込んでいました。デッキも寒いですから吐くだけ吐いて胃の中の物をなくしてから部屋に入って寝てる人が多かったようです。

夕食時間になりました。揺れは少し収まっていましたが食欲はありません。おなかは減っています。でも食べる気力がありません。寝てるのにも飽きてきました。  

3人の中では中島が比較的元気でした。中島に食堂まで偵察に行ってもらいました。白い飯ならおかずなくとも食べられそうです。5分ほどで彼は帰ってきました。白いご飯にスープが出るとのこと、昼ほどすいてはいないけど直ぐ座れるらしいので、とにかく食堂に行くことにしました。おかずまでは食べられませんでしたが、おなかに物を入れることはできました。  

この日の夜は皆死んでいました。フォークソングも沖縄返還議論もありません。かろうじて将棋とトランプだけはやってたようです。