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病の細道

 

第68回 悪態2 (2002/04/15)

 

体が動かず心に余裕すらなくなると、自分が自分ではなくなってしまう。誰でも自分をもっている。普段の生活のなかではいろいろ失敗はあるものの、それなりのバランス感覚が働いていて他人との協調関係を保つように行動している。

しかし極限状態になると、時間や空間の感覚や思考のパターンまでぐちゃぐちゃになる。他人の都合など気にしている余裕はなくなる。そのくせ他人はすべて自分のために動くべきだとまで思ってしまう。ましてはこちらは患者なのだ。自分の要求はわかってくれて当然ではないか。もう自分中心の暴君だ。感謝の気持ちや他人への気遣いなど離散してしまう。

ICUから病室に戻り一晩が明けた。鎮痛剤が効いてわりとよく眠れた。すこしずつ自分が回復しだすのがわかった。意識ははっきりしているし、コミニケーションもとれるようになった。もう山は越えたと思った。

しかし極限状態の余波はまだ収まっていなかった。体が動かしにくいので物を取ったりするのが大変だ。いつもは手を伸ばせばすぐに取れるところにあるはずのカメラがない。ライトのスイッチに10センチとどかない。そのくせ必要もないのにでかいチッシュの箱が目の前にのさばっている。

これは自分をこまらせるために誰かがわざとやったのではないか?
わざとなくても想像力があればわかりそうなものではないか?
このぐらいのことがわからなんてバカではないか? 
まったくもう回りのやつらときたらは何も分かっちゃいない。

朝の食事がでてきた。だが食べようとしたらいつも飲んでいる血糖降下剤ファスティクがないではないか。いったいどうしたというのだ。術後の感染症を抑え、傷口の治りを早くするために何ヶ月も血糖コントロールしてきたのだぞ。それなのによりによって手術直後の食事だぞ。医師は何も分かっていない。大声でわめいた。こうなればハンストだ。悪態も頂点に達した。すきっ腹をかかえ「食い物の恨みは恐ろしいぞ」などと看護婦さんにすごんだ。

余裕がないと自分の都合と考え以外は受け入れられなくなる。
気に入らないことは自分をおとしめるためではないかと思うようになる。だがいまにしてみれは、物の配置だってそれなりの理由があったのだろうし、ましては医師というプロが血糖のことを忘れ
ているはずもない。

後で説明されたのだが、血糖降下剤を出さなかったのにはちゃんと訳があった。いままで食事をのこしたことはなかったが、ICUから戻った直後の夕食は苦しくて半分残してしまった。医師はこれを心配していたのだった。降下剤を飲んだのに食事を残すと薬が効きすぎて低血糖をおこす。高血糖も問題だが低血糖は心臓に悪影響が大きい。朝食を残して低血糖になったらまずい。医師の考えは食事の様子をみて必要におうじてインシュリン注射で血糖コントロールしようということだった。

ICU症候群というのがあるそうだ。夜がなく24時間照明のICUに体力のない人を長時間入れておく気が変になってしまうらしい。
たしかに健康な人であっても昼夜のリズムのない環境に閉じこまれていればおかしくなってしまうだろう。

今回の体験で思うのはやはり情報の大切さだ。ICUでは患者から見やすい時計を用意してほしい。壁時計もあるにはあったが、照明が反射して患者に位置から何時かわからない。全体にアイコンのような絵文字をもっと工夫したらいいと思う。

次の面会までの時間マークとか、病室に戻る予定とか、難聴者には適切なマークをつけておいて誰からも分かるようにしたらどうか。降下剤の問題にしても事前情報として知っていたら混乱しなかっただろう。

極限状態という意味ではLSDのトリップも似ている。時間、空間などすべての感覚がおかしくなる。とくに初心者の場合、慣れていなのでしばしば、気が狂ったと思い込みパニックを起こす。こういう場合の対処法は、まず、本人にLSDを飲んでいること、効果は8時間ぐらいで収まることを理解させることが重要だとされる。
情報がパニックを鎮める。

今回、回りには不快な思いをさせてしまったが、自分の軟弱さも思い知らされた.

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